2011年12月11日日曜日

あの開戦からすでに70年

昨夜、NHKのTVで「真珠湾からの帰還―軍神と捕虜第1号」というのを見た。これは日米開戦の日、特殊潜航挺(甲標的)で真珠湾に出撃し、たった一人生き残った男、酒巻少尉の壮絶な運命のドラマであった。
2年前に亡くなった私の兄(筆者編;「五分間の決断」参照)もあの真珠湾攻撃に参加した特殊潜航挺を改良した5人乗りの「蛟龍」で終戦直前に出撃したのであったが,潮岬で艇が故障し、心ならずも戦後を生き伸びていた。兄は晩年の酒巻少尉と親交があったようで、「酒巻さんはとても立派な人であった」と私に語っていたことがある。
そんなことも思い出しながら、筆者は、去る12月3日に丸亀の生家で兄の3回忌が営まれた翌日、弟の實と二人で、兄の特攻基地があった小豆島を訪れた。
高松からフェリーに乗って草壁につき、そこからバス、そしてケーブルカーと乗りついで寒霞渓に上った。ケーブルカーで登る途中の岩と紅葉が見事だったが、本当の目的は、そこから内海湾の古江を見るためであった。
頂上からは内海湾が一望のもとに見下ろすことができた。こうして見ると古江は内海湾の最も奥まったところにあり、ここから12艇の特殊潜航挺「蛟龍」が本土防衛のために次々と出撃していったことが納得できるような気がした。
この湾には彼らの宿所に充てられていた寺や支援隊がいたとされる小学校なども遠望でき、今は遠い昔となった当時の面影を偲んだ。

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